子安一子の「旅」
初めてのヨーロッパ
それは、私がまだバッグに出会っていない1968年。 エルメス、グッチ、 ヴィトンなど、ヨーロッパのものが、まだまだ、一般的にはほとんど知られていない時代であった。 もともと、好奇心の強い方で、何を見に行くのか ? 日本に持ってこられないものをと。建築が好きだったこともあり、建築家のツアーに参加したのが、最初の旅であった。 羽田からの小さな日航機、途中、油圧計の故障とかで、ニューデリー、テヘランに停まってローマに着いたのは、二日遅れの真夜中。初めて目にしたヨーロッパは、ひと気の全くない、オレンジがかった光と深い影の、巨大な石の街、深夜のくらい暗いローマであった。自称イタリア病患者の建築科教授の引率で、二週間で半島を縦断、さらに建築物の洗いの途中でまだらになったパリ、そしてスペイン、オランダへと、今思えば、小さな“洋行”であった。その時訪ねたイタリアのアマルフィ、アッシージ、スポレートなどなど、数ある中世の都市国家へは、その後も訪れ、私のイタリア旅行の原点となり、しかも不思議な縁で、現在もイタリアへの旅は、長く深く進行中と言える。
神々しいネパール
シーツ持参の旅、持物はすべてシェルパに預け、身一つで、段々畑、山々や、花や木、すずの音のするロバの一連隊などに見とれ、こわい橋を渡ったりと、山道を歩きに歩いた。風習や意識の全く違う、宿泊民家での驚きなど、印象に残っている事が一杯。朝は、雲ひとつない紺碧の空に、くっきりとアンナプルナ、チョモランマが眼前にそびえ立ち、まさに、“神々の住むところ”と思える崇高な存在。自然が自然を超えて、ほんとうに神々しい山々。あの崇高さはいったい何?
魅力的な、不思議な、街
ゴンドラが似合う、車のない街、人の思いや、歴史の一杯つまった建物、海に開かれた運河と重なり、ゆらめいて、人の心を引きつけるヴェネチア、そこが舞台のカーニバルに参加しようと、一週間滞在。人、人、人の華やいだエネルギー、あっと驚くこだわりように圧倒されながら、メイクしてもらった顔、顔、顔で、笑いころげたあのヴェネチア広場のシーンは、夢かまぼろしのような印象で、今も記憶に残っている。
キューバ
大型アメ車の走りまわる街、葉巻をふかすハデハデレディ、昼間からキューバの音が聞こえ、まさに、映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」のムードそのままの不思議な街。この街に、あのヘミングウェイが住んでいたんだと思いながら、家を見物し、寝室のベッドを眺め、愛飲していたというモヒートを飲み…。彼は、ベニス、アフリカ、シチリアなど、あちこちに、痕跡や伝説を残している。その生き方はすごいが、ここハバナは、彼にとってはどんな街であったのだろうか。
ブルーモスク
私はモスクに魅せられている。想像を絶する繊細なスケール。神への崇高な精神から創り出される、あの形而上的な美しさには、動けないほどの感動を覚える。テヘランやイスタンブールのモスクからはじまって、イランのアスファファンのブルーモスクへも行ったが、さらに本家に行ってみたいと、2007年、サウジアラビアのメッカを訪れた。ところが信者以外は立ち入れない厳しい掟があり、残念無念。モスクへの祈りのような、私の憧れは、今もつづいている。
ルイス・バラガンの崇高さ、偉大さ
メキシコに行ったというより、憧れの「ルイス・バラガンの建築に逢いに行った」という旅だったと思う。ジャカランタの咲き誇る街の中、バラガンの自邸、オルテガ、ヒラルディ、プリエトロペスの各邸宅など、なかなか入れない個人住宅、馬主の大邸宅などを幸運にも訪れることができた。その中でも、カプチーナ礼拝堂は、彼の志の高さからくる、空気感、静かで深く、温かくてスケールがあり、繊細で豊か…。建築が好きで、よく見る方だが、こんなに深く感じ入るのは初めての体験。ここまで建築にこだわって、ストイックに生きぬいた人、バラガンに、「モノづくりの原点」を深く教えられた。
美しいガラスミュージアム
近代建築がいろいろ見られるシカゴから、トレードにある新しいミュージアムを訪れたのは、2008年。今年三月に、建築界のノーベル賞と言われるブリッカー賞を受けた、日本人の妹島、西沢コンビの設計で、小さいが、完成度の高い、素晴らしい建物である。ディテールの出来ばえも息をのむほど。日本人の繊細な仕事ぶりに感激。小さな、小さな街に、宝石のようなミュージアムを創ったこの地の豊かさ、アメリカというお国柄、時代の流れに思いをはせた。
ボストン美術館での感銘
1997年ニューヨークからツーソン、フェニックス、アリゾナのパオロ、ソレリのアーコサンティをまわった旅の途中、ボストン美術館を訪れた。私にとっては予想もしない大きな感銘を受け、その時から日本人として“日本の美”を認識するようになったといっても、過言ではない。そのボストン美術館で、東洋の国々の、大変な数の美術品を見てまわり、その中での日本のもの、これが、また素晴らしい。いろいろ見ているうちに、もちろん日本のものに、特に、何かあかぬけたシンプルな美が、輝いて見えた。意外な発見で、世界の中での日本の美に、初めて出会った感動…。日本にいて、日本のものだけを見ていては、わからない。今まで、気づかなかった、美がそこに見えた。ここボストン美術館でそれを知ったというのも皮肉なことだが、日本の美について考えさせられ、その後、日本の文化が島国で発酵して、出来上がった文化だということに気がついた。今は、日本人として誇りを持って、自分の美意識をしっかり持って仕事も生活もしていくべきだと思っている。
フィンランドのフィスカルス村
北極点に行った帰りに、ヘルシンキ郊外のフィスカルス村に、フェルト作家(日本人)を訪ねた。きびしい自然の中で暮らしているフィンランドの人たちは、自分にもきびしいらしく、人間としての個が確立している人たちのようで、フィスカルス村のシンプルな豊かさが、じ~んと心に伝わってくる。フィンランドは、現在、教育レベル、産業、経済、生活レベルなど総合点が世界で一位とか。この小さな村は、フィスカルス社という会社が運営していて、その中に、ミュージアム、ギャラリー、工房からホテルまであり、世界中からのアーティストを滞在させたり、この村は、自然体で、しかも未来があると確信。豊かな自然の中で、余計なものが何もない。この空気感がたまらなく心地よい。
終らないイタリアへの旅
イタリアには、1970年から、仕事で出かけるようになり、親しい友人ができ、アオスタを知ったのも、彼女がセカンドハウスにさそってくれたのが縁であった。その場所、ピラは、標高1800mの斜面をうまく利用した新しいタイプのモダンな集合住宅で、ベランダから、モンブラン、マッターホルン、モンテローザ、そして、広大なアルプスの山々が、一望のうちに見渡せる、すご~いところであった。季節の変化にも富み、スキー、トレッキングなどリゾート地としても、日本では考えられないスケールがある。その山の下、アオスタもアルプスのローマといわれるだけに、古代遺跡もあり、かつてナポレオンも攻め込んだ歴史のある街で、もちろんパンやチーズも美味なところである。友人の誘いにのっているうちに、毎年イタリアに決まって出かけるようになってしまった。イタリア時間、イタリアの光と風に魅せられて…。












